須藤瞳は俗に言う『美少女』というやつだ。

 傷むことを知らない長い漆黒の髪の毛。
 整った顔立ち、涼しい目元。時には赤く輝くひとみ。真っ直ぐ見つめる眼差し。
 ピンと伸ばされた背筋、華奢な肢体。
 そして、明るい笑顔。

 廊下を歩けば殆どの人が振り返る。
 少し意識して見れば、遠くから彼女を見つめる男子生徒の多いこと。
 テレビの中で持て囃されているアイドルと、彼女を比べるまでもない。

 そんな彼女の、瞳の『好き』という感情が、自分に向いているらしい。
 らしいというのは、今でもなんだかそのことが信じがたく思える気持ちが、まだ何処かにあるから来ているのだが。

 運命、さだめなどという言葉にずっと縛られ振り回されてきた自分の人生を思い返すと、この幸運に出会えた事を嬉しく思う月哉だった。











彼と彼女の関係 2











 教室の戸は開いていたが、それでも教室に姿を現すと、ほとんどの生徒が月哉を振り返る。
 何時ものことだ。
 そして何時ものことだが、一斉に視線を向けられるたびに自分がちょっと嫌になる。麗々しさだけではなく、『顔の造作の綺麗さ』も半分差っ引こうかとも思う。
 それを一度瞳に言ったことがあるのだが、『もうその姿で定着しちゃってるんだから、変えたら変に思われるわよ』と却下された。
 ようは慣れればいいのだ。慣れれば。一応いつもポーカーフェイスは保ているから、大丈夫だとは思う。
 それでも最近では、なんとかクラスメイトたちは少し慣れてきたらしく、席へ向かう月哉におはようと声をかけてくるようになった。以前は月哉が席に着くまで、しんと静まり返ってしまっていたものだが。

 今日も途中でおはようと声をかけてくれるクラスメイトに、おはようと返しながら席に向かう。
 月哉の席は、窓側の前から四番目。先週席替えをしたばかりだ。
 そして、

「おはよう」

 ――瞳の席はその斜め後ろだ。


 これを幸運と呼んでいいものなのか。ナイスタイミングというかなんというか。
 もしこれが、隣の席同士とかだったら、どっかの少女漫画のようだなと月哉は思う。
 幸か不幸か、隣ではないのだが。

「おはよう、須藤さん」

 瞳は机の上に教科書とノートを広げていた。
 月哉は鞄を机の横にかけ、コートとマフラーを脱いでロッカーに仕舞ってくる。そして、席に座って斜め後ろを振り返った。

「どうしたの、教科書なんて広げて」
「一時限目、数学でしょ? わたし、今日当たるの忘れてて」
「ああ、なるほど」

 瞳の言葉に納得する。そういえば、そうだったかもしれない。
 それにね、とシャープペンシルを持った手で頬杖をついて続ける。

「加奈子がまだ今日来てないのよ。最近風邪が流行ってるし、昨日具合悪そうだったし…休みかもしれないわね」

 そう言う瞳の表情は、少し寂しげだ。親友を心配している、少し物憂げな表情。
 瞳の心情を思えば不謹慎かもしれないが、そんな彼女は綺麗だと思う。
 昨日の記憶を掘り返してみる。そういえば、昨日の加奈子は何度も咳をくりかえしていて、とても辛そうに見えた。瞳がとても心配そうにしていたのを覚えている。
 確かに最近、学校では風邪が流行っていて、鞄のかかっていない席がちらほらと見える。ただ単に、まだ来ていないだけかもしれないが。

「ひ…須藤さんは大丈夫なの」
「ちょっと咳が出るけど……そんなに酷くはないわ。君は大丈夫そうね」
「うん、まぁね」

 視線を落として、教科書とノートに目を向ける。少し考えた後、さらさらと女の子らしい綺麗な文字で書き綴っていく。
 式を書き、その下に筆算をする。最後に横にAと書いて、答えを書くと、瞳は顔を上げた。


――あぁホラあれ、ね?
――やだーすごい絵になるー
――二人とも美形だもんねぇ
――でもさ何か、最近あの二人仲良くない?
――あっ、あたしもそれ思ったー!


 耳に入った黄色い喋り声に、二人は思わず顔を見合わした。
 声のした方向を見ると、同じクラスの女子と他のクラスの女子が、廊下側の席に集まってこちらを見ていた。


――あっ、ホラぁ声聞こえちゃったじゃん
――こっち見てるわよ。あーあの綺麗さがうらやましいッ


 耳に入ってくるその内容に、くすりと瞳が苦笑する。
 綺麗な顔と言うのは、不細工な顔よりはましなのかもしれない。が、いいことばかりという訳じゃない。

「…だって」

 そう問い掛けると、月哉はただ首をすくめた。





 そんな二人を、入り口近くで集まっていた男子生徒の一人が、静かに見つめていた。