三月の始め、女生徒達の、とりわけ二年生の女子のお喋りの中に、こんな話題がのぼるようになった。

――最近、瞳と渡会って何だか仲いいよね。


 もしかして二人は付き合っているのかと、瞳と一番仲がいいという理由で訊ねられた加奈子は、その質問には答えずに、ただ嬉しそうににやりと笑った。









彼と彼女の関係 1











 ここ最近、自分の事をちらちらと見ながらお喋りに花を咲かせている女生徒たちの会話の端々に、「瞳」やら「須藤」という聞きなれた固有名詞が目立つようになったことに、月哉は一応気づいていた。


――『好き』なのだと、互いに想いを打ち明けたあの日から、数日が経っている。

 あれから、特に何かが変わったわけではなかった。
 瞳の自分に対する態度・接し方は何ら変わっていないし、自分の瞳に対する接し方も変えていない。
 だが少しも何も変わらなかったというわけではなく、以前よりも瞳が、学校で自分と話をするようになったことは、変わったうちに入るのだろう。
 自分はこのとおりの容姿だし、月にいたときと同じように接するわけにもいかなかった。
 自分達としては自然にそうなったことでも、周りの人間にとっては『急に』と捉えられるからだ。
 月から帰って以来、どうしても瞳との距離が開いてしまっていたのだが、あの日をきっかけに少しずつ距離が狭まってきていると、月哉は感じていた。

 王子の本来の姿から、麗々しさを半分差っ引いた姿をとるようになってから、約一ヶ月になる。
 以前よりは、…なんというか周りの人間に対し友好的な態度をとってきてはいるが、それでもまだ月哉は一人でいることが多く、付き合う人間も以前とあまり変わっていない。
 ずっと、目立たずに―――月からの追っ手に見つからないように。そう生きてきた。
 自分の生まれた、月の王家の因縁の鎖が断ち切られた今、月哉をさだめと言う名で縛るものは何もない。

 全てはこれから始まるんだと、目前に見える校舎を見上げて、月哉は胸中で呟いた。





「ッハヨ、渡会!」

 肩をポンと軽く叩かれてふり返ると、加奈子の彼氏の高瀬和志がにこやかな笑顔を浮かべてそこにいた。
 高瀬和志は、『十三年目』になってから親しくなったうちの一人だった。あの事件がなければずっと親しくなどなれなかっただろう。

 おはようと返して、並んで歩き出す。

「渡会お前ってさ、見つけるの凄く楽でいいよ。すごい目立ってるから自然に目が行く」
「……それって誉め言葉だと思っていいものなのかな」
「あーうん多分一応誉め言葉」

 確かに、同じように登校してくる生徒達の視線がずっと突き刺さっている。
 後者に入ると、それが一斉に向けられたが、いい加減慣れてきたしそこらへんのポーカーフェイスは身についているので動じる事もなく、靴を脱いで履きかえる。
 ちらりと瞳の下駄箱を見ると、見慣れた靴が入っていた。瞳はいつも自分より学校に来るのが早い。

「渡会お前、よく平気だよな。さすがに今のには驚いたぞ」
「なにが?」
「だから、視線。校舎に入った途端だっただろ? 俺に対するもんじゃなかったけどさ」
「ああ。…やっぱり、こう毎日だとね」
「そっか、そうだよなぁ」

 それに、王子の姿そのままで登校するしかなかったときよりも、反応ははるかにマシな方だ。
 口には出さず、胸中で呟く。

「ま、しょうがないよな、そんな顔してちゃ」
「…高瀬の言葉は、時々悪意があるのかないのか判断し難いね」
「そうか? そんなつもりはないんだけどな。
 ま、どんなに女子からも男子からも熱い視線を受けても、おまえの関心は瞳さんにしか向いてないんだろうけど?」

 にやにやと笑いながらのからかいに、月哉はそっぽを向いて答えた。

「…まぁね」






 階段を上がり右に曲る。和志のクラスは一番奥で、月哉のクラスはその二つ前だ。
 月哉のクラスの一つ前の教室にさしかかったとき、和志はふと思い出して言った。

「そういえばさ、おまえファンクラブあるだろ?」
「? ああ」

 月哉の顔が怪訝そうな表情になる。
 その間にも、月哉のクラスの教室が近くなる。

「なんかさ、それに対抗して…かどうかは判らないけど、瞳さんのファンクラブみたいなのができたらしいぜ?」
「…………………………………………………は?」

 間をたっぷりあけて、ぽかんとした表情になった月哉は問い返す。
 だが和志にはそれ以上続きを言うつもりがなかったらしく、片手を振りながら教室へと向かっていった。

「んじゃ、そーいうことで」




「…………………………………ファン、クラブ?」

 ………瞳の?


 後には呆気にとられたまま、去っていく和志の背中を見つめる月哉が、教室の戸の前に残された。

 ありえない事ではないが、予想もしなかった事態だった。