「…海?」



―――この会話を交わしたのは、いつだっただろうか。



「そう、海。チウリーは見たことある? 確か向こうにも、海はあるのよね」
「うん。あるけど、あたしは見たことないんだ。海辺まで行ったことなかったもん」
「そっか…」
「瞳は海、見たことあるの?」
「うん、あるわよ」
「へぇ、どんなんだった? でっかい水溜りみたいなんだよね?」
「うーん、確かに表現は間違ってないけど……」
「そっかぁ。海、見てみたいなぁー」


 そう言って、チウリーは、遠くを見た。
 あの時、この子を海に連れて行ってあげたいと、そう思った。










海に行こう










 ザザ…ン………



 波の打ち寄せる音が、絶え間なく響く。


 打ち寄せ、広がり、消える。そしてまた、打ち寄せて、打ち寄せて。広がって、静かに大地に染み込む。
 其れの繰り返しが、絶え間なく続く。



「寒くない? 瞳」
「へいき」


 海から吹く風に、思わず体をすくめると、すかさず横から声が入った。
 寒くないか、大丈夫か。平気、だいじょうぶ、そんな会話を間を置いてはずっと繰り返している。

 三月の末ではあるが、まだ気温も低く海の水も冷たい。
 当然風も冷たく、からだも冷えてくる。

 風邪をひきやしないかと、彼――月哉は心配しているのだが。
 風邪をひくかもしれないのは自分もそうだというのに、月哉は瞳の心配ばかりしている。

 それが嬉しくもあり、心配なことでもあった。



――ザ……ザザ…ァ…ン……・・・・



 視線を海に戻す。


 チウリーが見たいと言っていた海。

 今日は、本当は海を見に来たわけではなかったのだが。
 遊びに行く予定だった、遊園地の近くまでのバスに乗っている途中、小さな砂浜を見つけ、月哉をひっぱって次のバス停で降りた。
 遊園地まではとりあえず歩いていける距離なので、当初の目的はちゃんと達成されるはずである。


 飽きることなく、ただただ海を見つめる瞳を横目に見て、月哉は静かに、隣の瞳に気づかれないように、息を吐いた。
 そして、左腕につけた腕時計を見る。
―――10時前。

 もうそろそろ、行ったほうがいいかもしれない。

 意を決して、話し掛ける。


「瞳。そろそろ行こう」
「え? …ごめんなさい、今何時?」

 ひときわ大きく風が流れ、瞳は乱れる髪を抑えた。

「10時前」
「ホント? …じゃあ、もう行こっか」
「うん」

 寄り掛かっていたガードレールから離れて、身軽な動きで歩き始める。
 瞳の視線は未だ海にある。

 月哉は駆け寄って、瞳の隣に並んだ。






「…このあいだ、チウリーたちが来た時にね」
「うん?」


 先ほどの砂浜が、ビルの向こうに見えなくなってから暫らくしたあと、瞳が口を開いた。


「チウリーがね、言ってたの。…海を見てみたいって」


 笑っていた。きれいな想像に胸を膨らませて。
 かがやく笑顔は、見ていて微笑ましい。

 彼女と月留は、この間の満月の夜に帰って行ってしまった。
 次にいつ、地上へ来るかはまだ決まっていない。

 彼女らは今、元気にしているだろうか。


「……今度また、チウリーたちが来たら」


 月留はまた、胃を痛めていないだろうか。

 チウリーも元気でいるだろうか。

 イヤルドは? ダル・シーは?



「…来たら?」



 月への扉が開くのは、満月の夜のみ。

 満月の夜以外に、月へ行くことは出来ない。来る事もない。――例外はあるけれど。

 けれど、また、こんど。


「いっしょに、来ようね」

 瞳はふわりと微笑んで、隣を歩く月哉に擦り寄って、彼の右腕にそっと手を置いた。




「………二人きりでもね」
「うん」














とがきという名の駄文

 えーっと、444HITと500HITをとられたはなさんへプレゼンツ。
 多大に遅くなってすみませんでしたっ(><;;
 ちゅうわけで、デートin海です。
 ちなみに最後の台詞、月哉、瞳の順です。

 
2002.11.21