[ 学校生活10title ]
[ 01 : 担任教師 ]

 高校3年生の、4月。
 クラス替えはもう行われることなく、2年生の時と同じメンバーで高校最終学年を迎える。
 当然、担任教師も替わらない。
 瞳のクラス担任は、古典教師だ。
 去年、待望の子どもが生まれた。クラスのみんなにカンパを呼びかけたのも記憶に新しい。
 それと平行して、いろいろ、本当に色々とあったのだけれど。
 主に、今隣にいる人について。
「ん、何? 瞳」
「なんでもありませーん」
 始業式の今日、担任が入ってきたら、赤ちゃん元気ですかと聞いてみよう。
 聞かれた担任の様子を想像して笑っていたら月哉にからかわれたので、瞳はその手を笑顔で思い切りつねった。
[ 02 : 出席 ]

 春休み。
 宿題はあれど、休み――かと思いきや、世の中には春期講習というものがあったりするわけで。
 出席率は、真面目は半分、不真面目も半分、といったところだろうか。
 もちろん瞳は真面目なほうで、きちんと一時限目から出席しているが、結構不真面目な区分に入っている月哉はまだ出席していない。

(月哉様は今、こちらに向かっていらっしゃるそうですよ)

 と、浅葉は言ったけれど。
 そんなんでいいのか、と思う。まだ2年生、だが4月が来れば3年生なのだ。
 月哉は、進路はどうするのだろう。
 大学に進学するまでならわかる。けれど、その先は?
 会社勤めをする月哉だなんて、正直想像がつかない。
 カチカチとシャープペンシルを押しながら、瞳はそっと目を伏せた。
[ 03 : 調理実習 ]

 今日の5・6時限目は調理実習だ。
 メニューはご飯、魚、スープ。
 班は出席番号順。須藤の瞳と渡会の月哉は当然班が分かれている。
 瞳の親友加奈子は佐々木なので、同じ班だ。いいなあと月哉は魚をさばきながら考える。
 その見事なさばきっぷりを、同じ班の女子がうっとりと見つめているが微塵も気にしない、というか気づかない。
 無精して多くの生徒がエプロンを持参して来ずに白衣を着ている中で、瞳は律儀にエプロンを持参している一人だ。
 祖母に料理を習いに家に来ている時と同じ、赤いチェックのエプロン。
 エプロンを掛けたその姿が日常になればいいなあと想っているのは、とりあえず今のところは秘密だ。祖父母と飛葉あたりにはばれていそうな気もするが。さすがにそこまで吹っ切れていないので、瞳にばれなければそれでいい、と思う。
 易々と魚をさばき終える。月の影の王国では剣を当たり前のように使っていた月哉にとって、これくらいのことはなんでもない。まあ、祖母の料理を昔から手伝っていたのもあるが。
 だが、それは月哉だからであって、他人はそうでもない。
 家庭科室を見渡すと、殆どの男子が魚に駆り出されている。が、それでも苦労しているようだった。普段こんなことはしないのだろうから当たり前といえば当たり前だ。
 さばき終えた魚を班の女子に任せて、とりあえず手を洗うことにする。
 水道の前に立ったついでに、ちらりと瞳へ視線を向ける。確か、瞳の班には男子がいないはずだった。

 ――瞳はちょうど、包丁を片手に魚を睨みつけていて、周りの女子たちがそれを囲んでいる。瞳、頑張って!といった雰囲気だ。
 綺麗な顔に眉を寄せて、瞳は更に魚を睨みつけると――ひと思いに、ざくっといった。
[ 04 : 日誌に綴られた言葉たち ]

 週番はそんなに頻繁に回ってくるものではない。1年生の時も、2年生の時も、2回やったきりだった。
 今日の日付。天気。温度。時間割、各授業の教師名、欠席・遅刻・早退者の有無とその数。諸々を書き込む。
 書いて、その手が止まる。
「終わった?」
「ん。……まだ」
 前の席に座って雑誌を読んでいた瞳が顔を上げる気配がした。見たわけではないが。
 さて、どうしようか。
「ああ、そこ。迷うわよね、いつも」
「うーん……」
 今日の反省、感想、……なんて。何を書けというのだろう。
 他の皆はどんなことを書いているのだろう。パラパラと日誌をめくる。
 瞳が日誌を覗き込んできて、顔が近くなる。月哉はそのままその顔に近づいた。
[ 05 : 早弁習慣 ]

 3時間目終了後、月哉が弁当を広げた。
「……早弁?」
「うん、そう」
 ことさんの手作り弁当。美味しそうだ。実際、美味しいのだろう。
「珍しいんじゃない?」
「なんか最近、すごく腹が減るんだ」
「……成長期?」
「背は伸びるにこしたことはないけど、でもそんな欲しいわけでもないけどね」
 ふうん、と成長期はとうの昔(というほど昔ではないけれど)に終わった瞳は相槌を打った。
[ 06 : 騒がしいHR ]

 今日は担任が出張でいない。
 だから、代わりに副担任が来ていて、生徒たちはこれ幸いとばかりに騒いでいる。
 はっきり言って、煩い。
 ……が、正直瞳自身も教室内を煩くしている一人なので――といっても大声を出しているわけではないが、大勢が喋っていれば自然と煩くなるものである――どうこう言える権利はないのだけれど。
 でも、ちょっと副担任が可哀相な気はする。

 ガラリ。

 突如開いた扉の音に、教室全体が静まりかえった。
 開けた張本人の月哉はこの反応に少し困った顔をして、そのまま自分の席へ向かう。
「………」
 なんというか。
 彼はその存在だけで周りを静かに出来る存在なのだなと――改めて思った瞳だった。
[ 07 : 筆談 ]

 授業中、加奈子から手紙が回ってきた。

≪渡会とはもうキスした?≫

「〜〜〜っ!?」
 叫び出しそうになり、慌てて息を呑む。
 きっと加奈子を睨みつけると、ニヤニヤと笑っているのが見えた。
 瞳は顔が赤くなっているのを感じながら、返事を下に書き付けた。

≪してません!≫
  ・
  ・
  ・
「……さっき、なにかあった?」
「え」
 首をかしげる。何の話だろう。
「さっきの時間、一瞬だけど、息を呑んだだろう?」
「あ、ああ」
 ……なんで知っているのだろう。
 気配に聡いとか、そういう奴だろうか。何しろ月哉は普通の人間じゃない。いろいろと色々と。それは瞳にも言えることだけれど。
「瞳?」
「〜〜〜何でもない!」
 言えるわけがない、あんな手紙の内容なんて。 
[ 08 : クラスの人気者 ]

 Q.我がクラスの人気者といえば?
 A.男子なら勅使河原修、女子なら須藤瞳。

 アルバム委員の佐々木加奈子は、眉根を寄せてアンケート結果から顔を上げた。
「どーしたの、加奈子」
「いや……勅使河原かー、て思って」
「誰だと思ってたの? 一位」
「渡会」
 沈黙が落ちた。
「んんんん……渡会君――ねえ。確かに、芸能人顔負けにカッコ良くて美人だけど――」
「そうそう。確かに前よりはいい人っぽいなーとか、顔はアレだけど中身普通だなーとか、瞳とラブラブだなーとか思うけど」
「けど?」
「でも人気者っていうのとはちょっと違うよね」
 加奈子は天井を見上げた。――なるほど。納得。
[ 09 : 掃除 ]

 3学期に入って、大掃除はこれで何度目だろうか。
 床磨きの後始末に雑巾で床を拭きながら、瞳はふと考えた。
 推薦入試のときと、一般入試の時と、卒業式の時と……終業式の今日で、4度目か。
 そんなに大掃除なんてしなくてもいいような気がする。
 それになんで制服のままでさせるのだろうか。せめてジャージに着替えさせて欲しい。この後に終業式があるから、面倒くさいけれど。
 程よく雑巾が汚れたところで、瞳は立ち上がった。バケツを探す。3月、まだ水は冷たい。水を絞った手は赤い。
 しかしバケツに近づくと、他の掃除場所から帰ってきた月哉の手がすっとバケツの中に吸い込まれた。
「月哉?」
 力の気配に、目を瞠る。瞳よりも高い位置にある顔と、バケツを交互に見やる。
 月哉はバケツから手を抜くと、にこりと微笑んだ。
「……何かした?」
「うん、ちょっとね」

 バケツの水は、熱くはなかったけれど少しぬるくなっていた。
[ 10 : 得意科目・不得意科目 ]

 ※学生さんの日常16.テストから微妙に続いてます。

 男と女は、どうしてこんなに違うのだろう。
 例えば、体つきとか。
 例えば、脳の得意分野……とか。
 確か、男は左脳で、女は右脳だったような気がする。反対かもしれない。
 つまり、男女ともに例外もいるにしろ――男は大概において数学は得意だと、瞳は思う。
 その筆頭が、今テーブルの向かい側でスラスラと数学の問題を解いている渡会月哉だ。
 羨ましい。物凄く羨ましい。
 数学はそんなに苦手というわけでもないけれど――だからといって得意とは決して言えない。英語や国語なら得意なのに。社会も得意だ。
 瞳は一つ息をついて、ことが淹れてくれたお茶を一口飲んだ。美味しい。

 渡会家の一室。
 以前に、月哉の母カヤティーザ等についての話をする時に通されたところと同じ部屋だ。
 そこで、二人は只今試験勉強の真っ最中だった。
 月の影の王国から無事帰ってきたはいいものの、二人を待っていたのは学年末テストという悲しくも切ない現実だった。
 約一ヶ月もの間授業に出ていなかったものだから、絶望的だ。
 少しでも現状を挽回すべく、こうして二人で試験勉強にいそしんでいるわけだが――先はまだまだ暗い。
 1分悩んだ。判らないものは仕方ない。
「……月哉?」
 そっと、呼んだ。
Written by Mimori Hayasaka.
20060401~20060402