――此処ここに違和感を覚えるようなことになるなんて、いったい誰が思っただろう?

 少なくとも、約半年前の自分は、そんなことは夢にも思っていなかったと、瞳は教室内を見渡しながら思った。

 それは、病気で学校を休んでしまい、復帰した時に感じるものに似ている。
 自分は確かに此処にいていいはずの存在なのに、なぜか自分の居場所は此処にはないのだと思ってしまう。
 でもそれは、いつもなら一時的なもので、普段通りに過ごしていれば次第に薄れていくものだ。

 …そう、いつもなら。

 今の状況が、周りの人間にとってはそうではなくても、自分にとってはそうなのだ。
 いる場所、見える物、全てが懐かしい。

――そして、感じる違和感。

 約一ヶ月もいなかったのだから、この『違和感』が薄れるのには時間がかかるだろうなと思いながら、瞳は久しぶりに会う親友へ笑顔を向けた。











居場所













 二月十八日。

 満月だった昨日――というか昨夜は木曜日で、今日は金曜日だ。
 前回月から帰ったときは、疲れから熱を出して寝込んでしまったが、今回はそうどたばたしていたわけではないので、熱を出すことにはならなかった。
 その代わりというか、ずっと寝る間も惜しんで話し合いをしていたためか、寝不足でちょっとどころではなくかなり眠い。

 月哉もそれは同じなので、今日は学校に来るのだろうかと、瞳はずっと、加奈子と喋りながらちらちらと教室の入り口を気にしていた。
 寝不足だからという理由で学校を休むことのできない瞳とは違い、彼の家族は事情を知っているから、休むこともできるだろうが――

「今日こそ来るのかな、渡会」
「え?」

 入り口から目の前の親友に視線を移すと、高校入学からの親友である加奈子は、にやにやと笑いながら瞳を見ていた。
 にやにやというか、非常に瞳に対するからかいを含んだ笑みだ。

 彼女の言葉の意味をとっさに察することができず、瞳は小首をかしげた。

「つ……渡会が、どうしたの?」
「またまた、とぼけちゃって。渡会、病気とかでずっと学校来てないじゃない」
「え、あ――……そう言う意味ね」
「そう言う意味って、他にどんな意味があるって言うのよ」
「う、ううん…」

 どうやら彼女は少し思い違いをしているらしい。
 まぁ、月哉が来るのを待っている、という点は、確かに間違いではないのだが。


 学校の件に関しては、瞳の人見の巫女の力を使って書類や周りの人間の記憶を改竄することになっている。どうせ変えてしまうのだから、今日一日くらいなら休んでも大丈夫ではあるだろう。

「でもさ、渡会ってもうかれこれ一ヶ月は学校休んでない? 大丈夫なんだっけ、出席日数」
「んー、どうだろ…」

 もしかしなくても、全然大丈夫じゃないのだが。



 月に行っていた間は、月哉は病気で休みという事になっているらしい。
 昨夜家に帰ったあと、浅葉からそう聞いている。月に行っている間、浅葉に瞳の代わりをしてもらっていたのだが、さすがに浅葉の記憶は浅葉のもので、この一ヶ月間の地上の出来事はわからない。
 周りの人との話を合わせる為には、夢見をしておかなければならないだろう。
 さすがに昨夜は、人見の能力をオフにして寝たのだが。

「んで、お見舞いとかには行ってるの?」
「え、う、うん……何回か行ったけど」
「それって何回くらいよ?」
「えっと……二回か三回…くらい」

 そもそも月哉は病気などしていないのだが、そう正直に言うわけにもいかないので適当に言い繕う。

「二回か三回ねぇ。…まぁ、一回も行かないよりはいいんだろうけどさ。駄目だよ、もっと行かなきゃ」
「って、言われても……そう、かな」
「そーよ。そーいうもんなの」

 人差し指をびしぃっと立てて、加奈子は力説する。
 告白された回数は両手に余るくらいにあるが、実際に男の子と付き合ったことのない瞳は、この話題ではいつも圧され気味だ。
 瞳はちらりと時計を見た。
 予鈴が鳴るまで、あと三分。



――と、その時ガラッと教室の戸が開いた。

 その時教室にいた生徒全員の視線が、入り口に集中した。
 室内に入ってきたその人物を見て、全員の口が閉じる。静寂が落ちる。それとは反対に、教室の外は騒がしい。
 空気が変わる。澄んだ、夜の気配。

――渡会月哉。

 静まりかえったクラスメイト達の様子を欠片ほども気にせず、月哉は軽い足取りで自分の席へ向かう。
 麗々しさを半分差っ引いた月哉の姿。月の王子の姿。
 どこからともなく、感嘆の息が零れる音が響く。

 カタンと椅子をひく音が響いて、彼が椅子に座った一瞬後、教室に再びざわめきが戻る。


 前にもあった出来事だけれど、…もしかして、これから毎日こういう事が起きるのだろうか?
 一気に騒がしくなったクラスメイト達を見ながら瞳は思った。
 最も、前回よりはマシな反応ではあるけれど。

「っはー。なんか、久しぶりに見たけど。……すっかりアカ抜けたっていうかなんていうか。見てるだけで顔赤くなっちゃう」
「こらこら、和くんはどうしたの、カナ」
「それはそれ、これはこれよ。…というか瞳、よく平気そうな顔してるわよね。すごい久しぶりじゃない。嬉しくないの?」
「え、あ、…うん。」

 詰問するような眼差しに、やりにくいなぁ、と思う。

「…何か、今日の瞳変じゃない?」
「そう?」
「変よ。絶対変。ちゃんと瞳なんだけど何か違うって感じ。よく判らないけど」

 …ずっと思っていたことだけれど、加奈子は結構洞察力が鋭いと思う。
 しっかりとその人を見ている。


 どう言ったものかと考えていると、予鈴が鳴ってしまったので加奈子は自分の席に戻っていってしまった。
 まだ何か納得行かない様子の加奈子に、苦笑する。

――仕方ない。

 無理もない。

 今まで約一ヶ月間、加奈子と話をしていたのは瞳ではなく、瞳の姿をしていた浅葉だ。
 その約一ヶ月間の記憶を、瞳は持っていないのだから。



 再び、今度は教室の前のほうの戸が開いて、担任の教師が入ってくる。
 久しぶりに見る光景だ。
 学級委員長の号令がして、全員がその場に立ち上がる。

 瞳は立ち上がったその時に、さり気なく月哉の席の方を見た。
 同じくこちらを見た月哉と目が合って、どきりと鼓動が大きく跳ね上がる。

――おはよう。

 そう、月哉の口がそう動いた気がした。
 声にならない声が届く。
 つられて、こちらもふわりと微笑む。

 再び号令がして、着席する。
 僅か数秒の出来事だった。




――全ては終わった。

 そしてこれから始まる。


 断ち切られた王と人見の巫女、王国の平安。
 王家の血の呪い。罪。

 それは終わりでもあり、始まりでもある。
 王国にとっても、――自分達にとっても。


 出席をとりはじめる担任教師の声を耳にしながら、瞳はその始まりを感じていた。


 ここで生きていく。この世界で。
 違和感なんてすぐに消える。
 ここが居場所だから。





「――須藤瞳」

「…はい!」













とがきという名の駄文

 666HITをとられた紅蓮さんへプレゼンツー 
ブルー・ムーンと望月の間の話。 
書くの難しかったです(^^;; このあと人見の巫女の力で変えちゃうので、望月との関係が… 
なんか加奈子ちゃんとの会話ばっかですね。ごめんなさい; 
でもこういう、女の子同士の会話ってすきなのです。 

 
2003.1.25