授業が、学校が終わったら。 ここに来るのが、三人で決めた約束。 今日も、その青いベンチの真ん中は、渡会月哉に占領されていた。 「やぁ。早いね」 「…別に。そうでもない」 久しぶり――というよりも、生き別れになっていた、というほうが正しいのかもしれない。 そんな関係の、自分が知る限りのいつも通りの口調の兄上殿に、月留は少しだけ、彼に判らないように笑った。 |
Regular position |
あの事件以来、彼らはここへ来るようになった。 学校裏にある公園。 その公園の奥のほうにある、植えられた木々で隠された、パッと見では判らないところに、その青いベンチはあった。 人に聞かれたくない話をするには、もってこいの場所である。 そして、決めた。 毎日、放課後。 この青いベンチに集まろうと。 渡会月哉、そして名倉月留。 二人は血を分けた兄弟である。但し、腹違いの。 月哉は十三年前、母親とともに地上に逃れてきた、月の、影の王国の第七王子。 そして月留は、今年になって、月の、影の王国からやってきた、第八王子。 そして、須藤瞳。 月の、影の王国で『人見』と呼ばれる巫女の力を持っている少女である。 その力は目覚めたばかりだが、現時点で精霊の声を聞く、ぼんやりではあるが姿を視ることができるなど、とても強い力を秘めている。 瞳はそれ程ではないとしても、前者の二人は、月の、影の王国の重要人物――危険、というのもつくかもしれない――だった。 今年は、十三年目。 生贄の年。 残酷な月の王は、力を得るため王子を贄とする。 その運命から逃れるために、抗うために、二人の王子は地上にいる。 だから、情報が必要だった。 話し合いもしなければならない。 そのために、三人は、ここに来る。 といっても、あの事件があったのは、一昨日――というよりも、昨日の話なのだが。 閑話休題。 そんなわけで、今日も月留はそこに行った。 時刻は、昼前。 まだ期末試験の二日目なので、この期間は学校は午前中に終わる。 それは月留にとっても、月哉にとっても、瞳にとっても有り難いことだった。 前者の二人は、そこらの影で蠢いている月鬼に襲われても平気な体と力を持っているが、瞳はそうじゃない。人見の力では自分の身を守ることはできない。 そして月哉と月留の二人も、夜の道は平気だが厄介事は避けたかった。夜になれば月鬼の行動は盛んになるのだ。 日が昇っているうちに話し合えるのは、都合が良かった。 公園の奥にある、青いベンチ。 それが、待ち合わせ場所。 昨日もそうだったが、行くと必ず月哉はいる。瞳の話によれば、昨日も月哉が一番乗りだったらしい。 だが、今日はまだ瞳は来ていなかった。 そういえば教室を出るとき、瞳は親友の加奈子達とお喋りをしていた。 なら、待っていれば来るだろう。 …ところで。 自分は、一体どちらに座ればよいのだろうか。 ベンチと、月哉と。 ベンチのあいた左右のスペースを見て。 月留は思わずそう思った。 「…どうした」 月留の、そんな様子に気付いたのか。 参考書から顔を上げて、月哉が訊ねる。 「あ、いや……僕はどっちに座ればいいのかなと思って」 月哉の問いに、つい、素直に答える。 昨日来たときは既に瞳が来ていたので、迷うことはなかったのだが。 月留の答に、月哉は自分の隣左右を見る。 確かに、迷うかもしれない。 「……………別に、どっちだっていいんじゃないか」 簡潔に、言いたいことだけ言って、また手にした参考書に目を移す。 明日も試験があるのだ。勉強は怠れない。 無言の沈黙が、そう語っていた。 彼は平和を望んでいる。 このくだらないごっこ遊びを望んでいる。 あの男を、月の王を倒さなければ、真の平和はやってこないというのに。 ――逃げているのだ。彼は。 自分も、人のことは言えないのだが。 ふぅ、と溜息をついて、仕方なしにとりあえず、ベンチの月哉からして右の空いているスペースに座った。 月哉は、ちらりと横目に視線を向けてきたが、すぐに参考書に戻す。 そっけない、とか、冷たい、とか思うのだが、それは仕方ない事だと、思い直す。 月哉にとって月留は、平和な日々を壊す邪魔者の一人なのだから。 それでなくても、普通月の王子同士で仲がいいということは余り無い。 そこに肉親の情は、ない。 沈黙が降りる。 誰かに見られているという事はないだろうが、それでも、何処にでもいそうな平凡な少年と、誰もが目を見張る見目麗しい少年が、無言で同じベンチに座っているという光景は、どこからどう見ても滑稽だった。 月哉が昼間の平凡な姿ではなく、その見えないヴェールに隠された月の王子の姿だったら、事態は違っていたかもしれないが。 ………………………早く、来ないだろうか。瞳は。 その事実に思い当たり、月留は思わず心の内でうめいた。 それとも、月哉がベンチの真ん中を占領していなければ、それほど変には見えないのだろうか。 ――否、もし月哉がベンチの端に座っていても、少年二人が無言で同じベンチに座っているという光景は滑稽以外の何物でもない。 そういえば。 昨日もそうだったが、何故月哉はわざわざ、ベンチの真ん中に座っているのだろうか。 ふと疑問に思い、月哉を見る。 月哉は相変わらず、月留の視線に気付いているのかいないのか、参考書と睨めっこをしている。 そういえば、月留にはそっけないというか、冷たいというか、警戒した態度をとっている月哉だが、人見の少女に対しては違っていた。 昨日も、善からぬことをしかけた――あの時は瞳を王子だと勘違いしていたからあのような事をしたのだが――ところを見られて、怒った月哉に隻眼にされるところだった。 月哉にとって、瞳は特別らしい。 それは自分にとってもそうだ。 月の、影の王国において人見の巫女は月の王に次いで尊い存在だからだ。 だが、月哉にとっては、それだけではないだろう。 もっと、別の―――― 思わず、ぷっと吹きだした。 あまりにも、彼らしい――と本人に言えば怒られるかも知れない、そんな答えに行き着いた。 「………なんだ?」 突然の吹きだし笑いに、怪訝な顔で月哉がこちらを見た。 その表情は、いかにも不機嫌そうで。 「いや。昨日もそうだったけど、なんで月哉が真ん中に座っているのか考えてて」 「そんなの、僕の勝手だろう」 「じゃあ、考えてみろよ。僕と月哉、僕らが無言で同じベンチに座っているんだ。ベンチがあるのがこの場所じゃなかったら確実に人目を惹いていただろうね」 「…お前一人でも人目を惹くだろ」 「でも僕ら二人だと、きっと変な光景に見えるだろうね。で、そこに僕ら二人だけじゃなくて瞳もいたら―――どうなる?」 ひとりは、何の特徴もない平凡な少年。 ひとりは、誰もが目を見張る見目麗しい少年。 ひとりは、誰もがその姿に振り向く美少女。 そんな三人が、同じベンチに座ってなどいたら、少年二人でいるよりも人目を惹くだろう。 そんなことは容易に想像できる。 「…………それがどうかしたのか」 「まぁ、それはそれでそれだけなんだけど。ここで重要なのは瞳の存在だ。つまり―――…」 「わたしがなに?」 言いかけた言葉が、遮られる。 慌てて見ると、そこに一人の美少女―――瞳の姿。 「ごめんね、遅れちゃって―――――で、わたしがどうかした?」 言いながら、月留とは反対の空いたスペースに座る。つまり、月哉の左に。 「いや。なんでもないよ」 「そう? なんだかとても気になるんだけど。…まぁいいわ、今日もスコーン作って貰ったんだけど、食べるわよね?」 そう言って、鞄から昨日と同じタッパウェアを取り出す。 それは、質問ではなく、確認。 月哉は参考書を鞄にしまい、微笑んだ。――瞳に向かって。 「もちろん」 「有り難く頂くよ」 蓋を開け差し出され、二人は同時に手を伸ばした。 そこには、先ほどまであった陰険さはない。 暫く、瞳を交えて平和な会話が続く。 何かを食べながら、不穏な会話はしたくない。 そう、思っているから。 瞳は、それを見越して持って来てくれているのかもしれない。 その真意は、月留には判らないが。 この中で一番、月哉を気遣っているのは瞳だろう。 多分、月哉本人よりも。 多分、きっと。 彼女の前で、月哉が微笑んでいられるのは、多分きっと、そうだから。 …まぁ、とりあえず。 月哉が必ず、ベンチの真ん中に座っているのは。 (…そういうことなんだよな) 手にしたスコーンを一口で飲み込んで、月留はそう結論付けた。 見上げた空に、月はなかった。 |
あとがきという名の駄文 つーわけで。 桐生あきやさんに贈った陰険兄弟の会話物語…もとい、月留・兄貴について考えるの巻でした(何) またしても『エスケープ・ゴート』と『ファントム・ペイン』の間。 なんだか説明的文章になってしまいました;; 起承転結もなし。そのくせ長い…駄目じゃん。 元ネタは『ベンチの真ん中』(笑) 判る人には判ります。 微妙に月留サイドですが、まぁ気にしない。月留も好きだしv ところで…月哉はともかく、月留の口調が違うような気がするのは…気のせいだ。うん。 2002.4.7 |