須藤義明氏には娘が一人がいる。 前妻――亡き妻が生んだ娘で、名前を瞳という。 亡くなった前妻は、マリといった。 娘を生んだことで体を壊し、その4年後にこの世を去ってしまった。 とてもうつくしいひとだった。 それでいて、とても無邪気なひとだった。 娘は彼女の面影を濃く残して成長した。 はやいもので、もう高校3年生になる。 再婚した今の妻とも、仲良くしてくれている。 辛かったことも、悲しいこともあったが、須藤氏は幸せであった。 ――とりあえず、今のところは。 |
チチオヤのユウウツ |
夕暮れの中、須藤氏は家路を歩いていた。 見慣れた街は今、オレンジ色に染まっている。 しかし夜の気配も確実に忍び寄っている、そんな空を見上げて、彼は一つため息をついた。 最近の須藤氏には、ひとつの悩み事があった。 一人娘の瞳のことである。 高校3年生になった娘は、我が娘ながらうつくしく成長した。 亡き母によく似たうつくしさだ。 それは、まあ、いい。 いいのだが。 娘と同じセーラー服が、反対側の歩道を歩いているのを見つけ、再び須藤氏はため息をついた。 セーラー服の隣には、学ランがあった。 娘は美しく成長した。 しかし最近、その美しさに磨きがかかったように思えてならない。 美しくなった、そのことじたいは、まあ、いい。 問題は、その原因だった。 セーラー服の隣の、学ランを見やる。 セーラー服が娘の後ろ姿と被って、須藤氏は思わず遠い目をした。 つまりは、そういうことなのだろうか。 娘は、母親によく似て美人だ。 きっと、娘を想っている男子生徒は多いのだろう。 そして、娘も年頃だ。 誰かを想うことがあっても、少しもおかしくない。 ……その昔、マリが自分を想ってくれたように。 セーラー服と学ランが、曲がり角に消える。 須藤氏がその反対の曲がり角を曲がると、我が家があるマンションが道の向こうに見えた。 娘はそろそろ、家にいるだろうか。 特に言い聞かせたわけではないのだが、日没前には帰宅するようにしているようだ。 そういえば、亡き妻も同じように――― ふと、須藤氏は足を止めた。 マンションの前に、人影があった。 先ほど見た人物とは別の学ランが、マンションをじっと見上げていた。 高校生だろうか? 遠目なので細かなデザインの違いは判らないが、あの背丈は少なくとも中学生ではないだろう。 マンション前の学ランが、何かをふっきるようにこちらへ歩き出したので、つられるように須藤氏も歩き出した。 近づいてくる。 学ランの少年は、――少年だというのに、目を離すことを許さない引力を持った、うつくしさを持っていた。 不躾であると判っていながらも逸らすことが出来ずに、須藤氏は少年を視界の隅で捉えながら、マンションへ歩く。 少年は、須藤氏の視線には気がつかない。 まっすぐに、前を見ている。 「―――?」 ふいに、須藤氏は首をかしげた。 学ランの少年に、見覚えがあるような気がしたのだ。 しかしこんな容貌の少年を、見忘れることが出来る人間は、どこを探してもいないだろう、そうは思うのだが。 あと3歩、2歩。1歩。 ――すれ違う。 マンションの入り口に立って、須藤氏は振り返った。 学ランの後ろ姿。 「――ああ、そうか」 もう14年も昔に、失ってしまった人。 亡き妻と同じ雰囲気を、彼が持っていたのだ。 彼女の持っていていた、あの独特な雰囲気と、おなじもの。 「おかえり、お父さん。……どうかした?」 家に帰ると、ちょうど帰ったばかりらしく、セーラー服のままの娘に出迎えられる。 須藤氏はなんでもないと応えて、靴を脱いだ。 セーラー服の娘と学ランの少年の因果関係に、考えが及ぶことなく。 須藤氏はその日、亡き妻と今の妻と、そして娘が、仲良く微笑みあっている夢をみた。 そうしてその後、娘の彼氏を紹介されたときに、須藤氏が大いに驚いたのはいうまでもない。 |
えっと、すみませんリハビリ…。 文章として、これどうなの、と思いはするのですが。 まあいいや。 瞳パパと月哉(笑) きっと、月哉と連理さんは雰囲気が似てるんじゃないかなあ、と思ったのでした。 2007.8.28 |